松川の七橋

 

桜橋(さくらばし)

昭和10年(1935年)竣工。石造りの親柱や高欄にみる重厚な存在感と美しいアーチ型のシルエットは完成当時の姿で親しまれている。上を路面電車が通る。ちなみに、富山市では、大正2年(1913年)から路面電車が運行されている。国の登録有形文化財。
■桜橋について(富山市郷土博物館)(リンク


華明橋(かめいばし)


明治以降、桜木町が華やかになり、ぼんぼりの灯も明るい歓楽街となったためこの名前がつけられたと言われる。大正2年(1913年)、富山市で初めてのガス燈がこの近くで点灯されたことから、昭和63年11月に松川べり・華明橋たもとにガス燈が復元され、華明橋の上の街灯もガス燈のデザインで作られた。


塩倉橋(しおくらばし)

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近くの富山城内に富山藩の塩の蔵があったことから命名された。塩は、飛騨街道をさかのぼって、高山や松本まで運ばれた。飛騨街道では、ブリも運ばれたので、「ブリ街道」とも言われる。旧飛騨街道とルートが似ている国道41号線は、沿線からノーベル賞受賞者を5人輩出していることから、「ノーベル街道」とも呼ばれている。


七十二峰橋(しちじゅうにほうばし)

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平成4年(1992年)3月竣工。最初に橋が架けられた頃(昭和28年頃?場所はもっと松川茶屋寄り?)、七十二の峰で連なるといわれている立山連峰をここから一望できたことから、当時の市長・富川保太郎氏によって名づけられた。ちなみに、もともとの「七十二峰」という名前のいわれは、中国の仙人の住んでいる山の一つ「衡山(こうざん)」には、七十二の峰があるところからだそうです。


景雲橋(けいうんばし)

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富山城北側堀の名残りの池に架かる。途中の「親水のにわ」からのぞめる。


安住橋(あずみばし)

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富山城がかつて安住城と呼ばれたことにちなんで名づけられた。昭和8年(1933年)に、鉄筋コンクリートアーチ橋として竣工。上を路面電車が通る。桜橋とこの安住橋は、ツインの市街橋として設計されたと考えれる。平成10年(1998年)、鋼桁の歩道部分が増設され、高欄は、「ガラスの街とやま」にふさわしく、立山連峰と松川、太陽と青空をイメージしたガラス製のものに変更された。
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舟橋(ふなはし)

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「越中之國 富山船橋之真景」松浦守美(1824〜1886) (株)源 所蔵

日本三大船橋の中で最大の「越中神通船橋」の跡に架かるので、舟橋と名づけられた。「越中神通船橋」は、64艘の舟を一列に並べ、その上に板を敷いた船の橋で、全国に知られていた。古い絵には、富山名産「鱒の寿し」のルーツである「鮎すし」の看板が見える。
(読み物「日本一の神通川船橋」もご覧ください)