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 明治22(1889)年4月1日、「市制・町村制」が施行され、富山市が誕生しました。
 富山市役所の庁舎は変遷を経て、明治29(1896)年には上新川郡議事堂だった建物(今のユウタウン駐車場あたり)に
移転しますが、3年後に大火で焼失。
その2年後に同じ場所に新築されましたが、大正6(1917)年に大雪のため倒壊してしまいました。
そして、大正9(1920)年12月25日に竣工したのが上の写真の庁舎です。
大正2(1913)年9月に開業した市電(開業時:富山電気軌道)は、この市役所のすぐそばを走っていました。
 この建物は、昭和20(1945)年8月2日未明の富山大空襲で焼失しています。
〈参考/富山市郷土博物館 博物館だより 第二十号〉
 この建物は、大正元(1912)年に現在の富山国際会議場の場所(当時は富山公園地内)に
新築された旧富山市立図書館です。
中央停車場(東京駅丸の内駅舎)や日本銀行本店の設計で知られる辰野金吾が設計しました。
残念ながら、こちらも昭和20(1945)年8月2日未明の富山大空襲で全焼してしまいました。
 江戸時代、西町辻には高札場※が設置され、現在の中央通り周辺には商家が並びました。
明治時代、本願寺東・西両別院の誘致で城址外堀が埋め立てられ、参詣者相手の店が開店。
明治28(1895)年7月には夜店が始まりました。→これが総曲輪通り(下の写真)の始まりと言われます。
大正12(1923)年、県内初の百貨店・岡部呉服店、
昭和7(1932)年には、宮市大丸(現在の大和)(下の写真)がオープンしました。
〈参考/『特別展 富山の商店街 〜近代化のあゆみ〜』
富山市郷土博物館編集、富山市教育委員会発行〉
※高札場…幕府や領主が決めた法令等を人目をひくように高く掲げておく場所。